イメージトレーニングで期待できる効果

イメージトレーニングはひとつではなく、様々な種類があります。イメージトレーニングというと、何かを視覚的にイメージするものであり、目的や効果は同じと考えられがちですが、異なるイメージ法は、異なる脳内メカニズムが働いており、それぞれ効果が異なるのです。

例えば、技術習得を促進したいのであれば、客観イメージ法ではなく、運動イメージ法がベストであり、モチベーションを高めたいのであれば、成功イメージ法がベストなのです。

イメージトレーニングの効果を受け取るには、自分の目的や課題にあったイメージ法を選択してください。イメージトレーニングの効果は、すぐには現れません。しかし、必ず何らかの効果が、下記の点において起こることはお約束しますので、信じて頑張ってください。


ゾーン体験

ゾーン体験は、究極の集中状態といえます。そのゾーン体験を、より頻繁に体験するためにも、イメージトレーニングは欠かせません。

ゾーン体験とは、他の思考や感情を忘れてしまうほど、競技への没頭を体験する特殊な状態であり、この状態に入ると、単に調子がいい、とても集中している、というだけでなく、「心と体が完全に調和した無我の境地だった」「体が勝手に動いた」など、選手にとって「何か特別なことが起こった」と感じさせるような感覚に陥ります。

この状態に入る絶対の方法はありません。しかし、私は、この状態を経験するための最大のポイントは「考えないこと」だと考えています。

本来、スポーツにおいて最大能力を発揮するには、自分の技術が「無意識」に発揮されている必要があります。いわゆる「体が勝手に反応した」という状態です。

なぜなら、その状態こそ、思考や意識に邪魔されず、体が最も速く、正確に動いてくれるからです。そのような無意識の反応は、繰り返しの練習によって習得された技術においてのみ可能になります。

イメージトレーニングがゾーン体験につながる理由は複数ありますが、その理由のひとつは、イメージトレーニングで、事前に試合をイメージをしておくと、デジャビュ(既視体験)ともいえる状態が起こり、考えたりすることなく、習得されている技術がよりスムースに発揮されるようになるからです。

実際に、シカゴ・ブルズの黄金期を築いたカリスマ・ヘッドコーチであるフィル・ジャクソンは、選手に対して、この「デジャビュ」を起こすためのイメージトレーニング(視覚化訓練)を指導していました。また、ふたつめの理由としては、普段からイメージトレーニングを行うということは、余計なことを考えない練習になります。それが、本番におけるイメージへの意識につながるので、ゾーンが起こりやすくなるからです。


モチベーションの維持

高いモチベーションを維持するには、「甲子園出場」「全国制覇」「オリンピックで金メダル」といった夢や目標を掲げることは、とても重要です。CapD_91目標を大きな紙に張り出したり、声に出して読んだりするのも悪くはありませんが、一番理想的なのが、その目標を実現している自分をイメージすることです。

なぜなら、文字を読んだり、声に出したりするよりも、具体的なイメージのほうが、脳はより広範囲に活性化し、「喜び」や「やる気」の感情を生み出すホルモンや神経伝達物質を作り出すことができるからです。

また、口で「甲子園出場」といい続けるのは簡単ですが、イメージを繰り返し行うとなると、本当に集中することが求められます。選手やコーチのなかには、高いモチベーションを維持できないのは、「気持ちが足りない」とか「諦めやすい性格」といったものに帰結させてしまうことがあります。

しかし実は、モチベーションを維持できないのは、性格の問題というよりもむしろ、時間の問題です。人間にとって同じ気持ちを持ち続けることは、本当に難しいことなのです。時間がたつにすれ、私たちは少しずつ順応してしまうのです。

時間の順応に負けず、高いモチベーションを維持するために、脳に「やる気」を感じる「機会」を与え続ける必要がありますが、それにはイメージトレーニング、特に実現イメージ法が最適なのです。

なお、高いモチベーションを維持する最大の秘訣は、信頼できるコーチや監督、一緒に切磋琢磨し励ましあうチームメイトやライバル、支えになってくれる家族や友達を持つことです。


トラウマ・イップスの克服

トラウマとは、過去に起きた恐怖体験で、何度もフラッシュバックされる「過去の失敗」「嫌な記憶」です。このようなトラウマが脳に刻まれていると、試合会場に入っただけで、不安になったり、怖くなったり、体が震えたり、心臓がドキドキしたり、汗をかいたり、口が渇いたり、胃が収縮したりするようになります。

s-CX112_Lまた、ゴルフや野球などで、体が思うように動かなくなる「イップス」や、特定の相手や状況といった「苦手意識」というのも、軽度のトラウマといえます。大事な試合でPKを外したサッカー選手には、しばらくPKトラウマで苦しむことは少なくありません。

このようなトラウマを克服するのにも、イメージトレーニングはとても効果的です。トラウマを克服する上で、絶対的に必要なことは、トラウマに「慣れる」ということです。例えば、大勢の観客の前で大失敗したトラウマを克服するには、大勢の観客の前で成功体験を重ねることが重要なのです。

ただ、試合での実体験の機会を持つことができる選手は多くはありません。たとえば、サッカーのPK戦も、それほど頻繁に起こるものではありません。しかし、イメージトレーニングを習得すれば、イメージの中で、成功体験を重ねることができるようになります。そうすれば、トラウマに早く慣れることができます。

よく言われるように、脳は、「現実」と「非現実」を区別できません。きちんとリアルにイメージすることができれば、少ない成功体験でも、トラウマは克服できるのです。

ただし、トラウマ克服のためのイメージトレーニングを始めるには注意が必要です。トラウマが強ければ強いほど、心身に現れるトラウマ症状が強くなり、「慣れる」どころか、「強化」されてしまうことがあります。ですから、体をリラックスさせて、トラウマ症状を抑えながら、イメージを繰り返す必要があります。トラウマを強化しないように気をつけてください。

苦手意識のような弱いトラウマならともかく、ひどく厳しいトラウマ症状を抱えている選手は、それが致命的にならないうちに、ぜひ信頼できる専門家の支援を受けることをお勧めします。

例えば、横浜ベイスターズの内川選手は、ドラフト1位で指名されたものの、内野手としては致命的な「送球イップス(送球恐怖症)」にかかり、苦しみました。しかし、心理の専門家からアドバイスを仰ぎ、イップスを克服しました。さらに、2008年のWBCでも大活躍したのです。

イップスやトラウマは早めに処置すればするほど、早く治ります。今、イップスやトラウマで悩んでいる人も、これだけは覚えておいてください。


技術習得と定着化

ある技術や技能をモノにするために、「体に覚えさせる」ために、ひたすら繰り返すことが必要です。例えば、ゴルフの世界でも、上達するにはダンプカー1台分のボールを打たなければならない」といわれています。しかし、脳内の「体に覚えさせる」メカニズムが解明されるにつれ、必ずしも実際に体を動かす必要がないことが分かり始めてきました。

「体に覚えさせる=筋肉メモリー」などと言われることもありますが、筋肉には記憶する機能はありません。「体に覚えさせる」という作業は、実際には、脳の「補足運動野」というところに、しかるべき神経回路を構築させることなのです。

そして、脳研究から、ある動作をイメージしているとき、補足運動野では、その動作を実際に行っているときと同じように活性化することがわかっています。補足運動野で同じような活性化があるということは、実際に体を動かしているのと同じく、その動作の脳神経を強化できているということです。つまり、イメージが技術の習得と定着化につながるのです。

このメリットは何でしょうか?

一番のメリットは、いつでも・どこでも、技術の習得と定着化のトレーニングを行えることです。例えば、フィギュアスケートでいえば、リンクのうえに立たなくても、スピンやジャンプの練習ができるようになります。スキージャンプでいえば、ジャンプ台に立たなくても、踏切りの練習ができます。イメージがでいれば、時間と場所を選ばないのです!

副次的効果は、体への負担を軽減し、怪我の予防につなげられることです。また、怪我からのリハビリ中にも行えるため、感覚喪失の後遺症を軽減できるようになることです。

NHK番組『スポーツ大陸』でも紹介されたエピソードですが、1984年のロスアンゼルス五輪で金メダルを獲得した体操の具志堅幸次選手は、手首を骨折し、入院している間に、何度も繰り返し、イメージトレーニングを行いました。すると、退院後すぐに、ブランクを感じることなく体を動かせるようになっただけでなく、それまでどうしても腕が曲がってしまっていた平行棒の技が、腕を伸ばしたままできるようになったそうです。

なお、注意点としては、初心者や中級者、またイメージ能力が低いひとは、技術定着はともかく、新しい技術習得のイメージ法を行うのは簡単ではありません。また、このイメージトレーニングでは、集中力と継続性が要求され、効果を実感するのに時間がかかります。このようなハードルを乗り越えるには、自己流でやるのではなく、計画的にイメージ能力の向上に取り組んだり、経験豊富な専門家の支援を受けたりすると良いでしょう。


怪我の予防

同じことの繰り返しのようになりますが、怪我の予防こそ、ほとんど知られていないイメージトレーニングの最大の利点です。上記で解説したとおり、イメージによって、補足運動野を適切に活性化させれば、そのための神経ネットワークが強化されます。体に覚えさせるのに、実際に体を動かす必要はないのです。s-CX028_Lまり、イメージトレーニングによって、過剰な負荷がかかり易い身体部位への負担を減らすことができるのです。

野球投手であれば、肘や肩にかかえる負担は相当なものです。しかし、これまでは、実際に投げ込まなければ、肩は作られず、速い球は投げられないと考えられてきました。しかし、イメージトレーニングを上手く活用すれば、肘や肩への負担をかなり軽減することができるのです。たとえば、投げ込みを半分から2/3にして、残りをイメージで行うのです。

でも、動きだけならともかく、イメージだけで、本当に「肩ができる=筋力がつく」のか?という疑問があるかもしれません。これがつくのです。イメージだけで筋力があがることも実験で証明されています。

どんな競技においても、トップアスリートほど、パワーやスピードが不可欠であり、その分、一般アスリートよりも身体への負担が大きいものです。

また、野球投手に限らず、トップアスリートの多くは、度々故障を繰り返す古傷を抱えています。フィジカルトレーナーの力を借りて、体をメンテナンスしてもらうのも限界があります。いかなる競技であれ、トップレベルでは、体にかかる負担は計り知れないレベルになるのです。

繰り返しになりますが、適切なイメージ法を行えば、脳内の神経ネットワークを確実に強化できます。これは様々な研究で実証されている事実です。イメージトレーニングだけで上手くなれるとは言いませんが、技術トレーニングと上手く組み合わせることで、体への負担を減らすことはできるのです。肩に「爆弾」を抱えている野球投手は、イメージトレーニングを組み入れることで、肩への負担を軽減しながら、ピッチング練習ができるのです。

福岡ダイエーホークスの斉藤和己投手は、2003年に20勝して沢村賞を受賞するといった最高のシーズンを送る半面、肩と肘の怪我でシーズンを棒に振ることも多く、苦しんでいます。年間20勝したといっても、長期的な結果で考えると、斉藤投手は2000年に1軍にあがってからの10年では、79勝しかしていません。つまり、年平均は8勝に過ぎないのです。

怪我をどのように予防するかが、本当に大切なことであるということがわかるでしょう。怪我の予防はフィジカルトレーナーの仕事と思われがちですが、メンタルトレーニングでできることも大いにあるのです。なお、怪我の予防だけでなく、怪我の回復力を高めたり、疲労を回復させたりするイメージトレーニングもあります。


感情のコントロール

不安や恐怖、落胆や無力感、怒りやフラストレーションといった「感情」は、確実に、競技パフォーマンスを阻害します。

しかし、このような感情は非常に強いもので、一度沸き起こると、なかなか消えてなくなってくれません。コーチや監督は「気持ちを切り替えろ」というけれども、それがなかなかできずに、多くのアスリートが苦しんでいます。落ち込んだときには「前向きに考えよう」というけれど、そんなときにはなかなか、プラス思考はできないものです。

私は、不安や過緊張のような感情が起きた時には、考えるのではなく、体に働きかけることによって、感情を鎮静化させるテクニックをずっと指導しています。試合前に不安になるのは、自信がないからではなくて、心拍数が上昇し、体が震えるから、というのが私の考えです。そして、呼吸のコントロールや、ストレッチ、ジャンプなどで体の震えを少しでも静めるように指導しています。

しかし、本当に「ここ一番」で緊張する場面では、これらだけでは不十分です。では何が必要なのか?それがイメージなのです。

呼吸のコントロールは、自律神経系に働きかけ、体を鎮静化させ、ネガティブ思考を追い出す働きがあります。さらに加えて、楽しいできごとをイメージすると、それが体内の内分泌系(ホルモン・神経伝達物質)に働きかけ、より強力に体全体を鎮静化させる力があるからです。脳や体への働きかけという意味において、イメージの力というのは、言葉や呼吸よりも強いものなのです。